ライブ オア デッド 2




〔セカンド ハーフ〕



静まり返る二階観客席。先生の周囲は両側も後ろも、三人分ずつくらいの空間が空いている。

ジャケット姿のラフな恰好だが、今日は珍しくエプロンは着けていなかった。

黒の名札紐がはっきり首から掛かっているのが見えた。

遠巻きに囲まれた先生は、二年生観客席最前列にポツンと座っていた。


「先生ー!どうしたんだよ、いきなり!!」

北沢が、いたって普通に呼び掛ける。

「直、元気そうだね!体育館の近くを通ったら歓声が聞こえて来たんだ。
ちょっと覗いたら、何だか面白そうじゃないか」

「面白いぜ!俺たち三年生と試合してんだ。へへっ、得点ボード見た?先生!」

先生にタメ口を効く北沢に、観客席の生徒たちの表情が強張る。


「・・・・・北沢、試合中だろ!相手になるなよ。ジャッジ、早くしろよ!」

和泉がイラついたように北沢に怒鳴り、ジャッジに試合続行を急かした。

「うへっ、怖えぇ・・・」

北沢はイラつく和泉に従うでもなく逆らうでもなく、やり過ごした。

和泉は最初こそ驚いたように先生の方を見上げたが、それ以降は無視と言っても良いほど先生の声援にも応える素振りは見せなかった。

みんなの手前、兄が先生というのは和泉にとってやり難(にく)いことなのだろう。


ピィ―――ッ!

笛の音と共に試合再開―。


ゴール下、谷口からのスローイン。

「9番(三年センター)!」

谷口の呼び声と同時に、9番のマークについていた渡辺がガード体勢をとろうとした時

「えっ・・・」

9番、素早く渡辺をかわし谷口のボールをキャッチして三浦にパス!

渡瀬たちにも劣らない9番のフェイクに、渡辺は声が漏れただけで一歩も動けなかった。


パスを受けた三浦が一気にドリブルでセンターラインを駆け抜ける。

ボールが三浦の手元からフワリと浮き上がったかと思うと、ゴール真下にストンと落ちた。

三浦のネットも揺らさぬ見事なレイアップシュート。

一瞬場内が静まり、

タンッ!・・・・・・・

床にバウンドしたボールの音が合図のように、歓声が上がった。


三浦本領発揮。


そしてそれを皮切りに三年生が攻勢に出始めた。


「左がガラ空きだぞ、12番(二年シューティングガード)」

谷口の言葉に気をとられたところに、右側から9番がカットイン(この場合は、ボールを持たずにディフェンスの内側に走り込むこと)

「あっ!」

9番に気を取られた12番の左横にパスが来て、谷口ノーマークで難なくシュート。


ザッ!


「ちっくしょうっ!!汚ねぇ真似すんな!!」

「ちゃんと教えてやったのに、お前が勝手に惑わされたんだろうが。勉強しろよ」


和泉と北沢が圧倒されつつあるディフェンス陣をフォローするかのようにシュートを放つが、前半あれだけ決まったゴールが思うように決まらなくなった。

和泉、ウイング(ゴールから45度附近のエリア)からのジャンプショット!

対する三浦のブロックショット!(シュートボールを空中で叩き落とすこと)

叩き落されたボールを14番(三年シューティングガード)が即座に拾って、パスを出す。

「・・くっ・・・!」

悔しそうな和泉が三浦を睨みつける。

「本条!ぼやぼやしてんなよ!すぐ戻れー!!」

和泉を叱咤する北沢に、もう余裕の表情はなかった。


「そら、もう一度教えてやるぜ。ちゃんとマークにつけよ!」

パスフィード(パスを出す)の要、谷口が再度12番をかわしながら大きな声で叫んだ。

「8番(三浦)!!」

すでに相手ゴール近くまで走っている三浦にショルダーパス!

三浦、ディフェンスの頭ひとつ抜いてキャッチ!

間髪入れず、滞空時間の長いジャンプ!

慌てるディフェンス陣の懸命なブロックを掻い潜って、三浦ダブルクラッチ!(ジャンプした後、上にあげたボールを一旦下げ着地する前にシュートすること)


ゴール!!


ウワアアァ―――ッ・・・・・・

館内がどよめいた。


「すご・・・」

「上手いって聞いてたけど、ダントツじゃん・・・」


「すげぇー!!はじめて見たぁ!!」

「最高だぜ!!三浦!!」

二年、三年どちらの観客席からも感嘆の声があがる。


中には三浦と親しい友達が、流苛に振られたことを茶化すようにして声援を送っていた。

「三浦ー!中坊にも見せてやりたかったなー!残念だ!!あはははっ・・・」

「うるせぇ!!」

流苛のことになると過剰な反応を示す三浦に、よけい周囲が沸いた。


三浦と谷口。彼らの動きが活発になると、試合のペースはあっさり三年生に移行してしまった。


詰まる得点差。二年生 58 対 三年生 54


和泉たちはいつの間にか、ついて行くだけで必死の状態になっていた。

まだ渡瀬もいるのに・・・。





「タイム!」

「・・・・・・・聡」

和泉が僕の方を見る。額から流れる汗。

他の四人も、散々に走らされてかなり息が上がっていた。

ここはチャージド・タイムアウト(ゲーム最中に取ることが出来る作戦タイム)を取って、和泉たちの休息と三年の勢いを切る必要があった。


チャージド・タイムアウト 1分間。


「大丈夫だよ、まだ逆転されたわけじゃないから」

「・・・・・・・・・・・・・」

汗を拭いたり水分を補給したりしながら、しかし前半戦では思いもしなかった展開に五人とも無口になっていた。



「みんな上手いねー!和泉ー!和泉はもう少し落ち着いてシュートを打てば良いんだよ!」


そんな押し黙る和泉たちの頭上から、楽しげに試合を観戦する先生の声が聞こえて来た。

ただ試合展開の雰囲気から声援や言葉を掛けるタイミングを考えると、先生はあまりバスケットボールのことはよくわかっていないようだった。

それがよけい和泉をイラつかせるようだった。

先生のアドバイスに、和泉はタオルを叩きつけるようにして椅子に置いた。

「和泉?」

「気がそがれるんだよ・・・。ルールもろくに知らないくせにさ、わかったこと言うなって!」

「ルールを知らなくったって、見ている分には充分わかったと思うよ、和泉たちの焦りが。
僕は先生のアドバイスは適切だと思うけど」

少し嗜めるように言うと、和泉はばつの悪そうな顔をしてふいっと僕から離れた。


「先生!その右隣の奴、俺のクラスの委員長だからルール教えてもらいなよ!」

「きっ・・北沢!・・・あっ、はいっ!先生、解説させていただきますっ!」

三人分ほど離れたところから、押し出されるようにして生徒がひとり先生の横についた。


二年生は、和泉と先生が兄弟であることを知っている生徒も多いはずだ。

しかし和泉の兄と言っても、指導部ともなれば普通の授業では生徒の前には顔を出さないので、脅威に感じるのはどの学年でも同じだろう。

緊張してガチガチなのが、下からでもはっきり見て取れた。

「ありがとう、北沢君。でもちょっと気の毒だね」

「いいんですよ、委員長なんだから。それよりこの後だよな、みんな!」

北沢が気持ちを切り替えて、チームの士気を促した。


「7番(渡瀬)が要注意だよ。まだ目立った動きはしていないけど、マークは二人ついた方がいいと思うよ」

「了解!」

北沢の言葉に他のメンバーが頷く。

「それじゃ、みんな頑張って!」

コートに戻るメンバーの、和泉だけに笑顔が戻らなかった。



先生は和泉に無視された態度をとられてもまるで気にする様子もなく、タイムアウト中でベンチにいる三浦を見つけると嬉しそうに寄って行った。

「三浦ー!」

最前列三年生観客席側。先生の動きに伴ってザザザァ〜っと人波が出来る。

先生と一緒に移動する解説付きの生徒は、三年生の中に入ってさらに顔を引きつらせていた。

「・・・・・何ですかー」

嬉しそうな先生の声とは対照的に、鬱陶しそうな三浦の声。

「上手だね!流苛もバスケットボールをしているらしいよ。さっきのプレー教えてやったらどうだい」

先生は流苛のその後の様子を知っていた。

きっと流苛だけではないのだろうけど・・・。


「渡瀬、あいつバスケのことわかってんのか。何か無性に腹が立って仕方ねぇ」

「わかっていたら流苛と一緒くたにはしないだろ。・・・俺に聞かないでくれ、疲れる」



タイム終了―。


試合が始まりますからと解説付きの生徒に言われて、先生が戻って来た。

目が会って挨拶をすると、「やぁ」と小さく先生の口が動いて笑顔を返してくれた。

先生の笑顔の先には、渡瀬や三浦、谷口がいた。たぶん僕もいるのだろう。

僕たちの他に、この体育館の中の一体何人の生徒が先生の指導を受けたのだろう。


僕の視線の先には、コートに立つまだ膨れっ面のとれない和泉がいた。




心は

ガラスのように透明で

ガラスのように脆(もろ)い

先生は

割れてしまったガラスの破片(はへん)を拾い上げる

鋭利な欠片(かけら)は掌の皮を突き破り 肉に食い込み

きっとその手は血だらけだ


拾い上げた欠片は 

痛みと涙と 

熱い炉に溶かしながら

再びその身に帰す


熱の冷めるころ

先生の笑顔が語りかける

人懐こい 少年のような笑顔で


―大丈夫さ、何度でも―




和泉は・・・その原点なのだろうか。



タイムを取り気持ちを切り替えて臨んだ和泉たちだが、三年生の攻勢は一向に衰える気配はなかった。

ボールを支配したと思うと、パスを回している間にカットされてシュートに持ち込まれる。

パスミスに比例して、和泉や北沢のシュート本数も極端に減っていた。


「みんな落ち着いて!必ず攻撃に転じるチャンスが来るから!」

僕の掛け声に、ちらっ、ちらっとみんなが目配せで頷く。

和泉は目配せの代わりに右手がすっと上がった。

北沢がクスッと肩をすぼめて横目で和泉を見る。


―意地っ張り―


そんな北沢の呟きが聞こえて来そうだった。



渡瀬にボールが来て、マークが二人付く。

ダンダンダン・・・・・・ドリブルを続けながらも渡瀬の動きが止まる。作戦通り!

渡瀬にシュートは打たせない。

尚も執拗に二人に囲まれて立ち止まったままの渡瀬は、突破をあきらめたように見えた。

ボールを離す(パスを出す)!と思った瞬間、

フェイク!ひとり抜く間にドリブルは左手から右手へ!

もう一人が懸命に渡瀬について走る。

ダンダンダン・・・・・ダンッ!それまで正確だった渡瀬のドリブルのバウンドが、いきなり変わった。

ドリブルミス!?と、相手の意識をボールに向けて、再びフェイク!

残る一人を完璧に抜き去ったところに、さっきのバウンドの変ったボールが吸い付くように左手に!

渡瀬、スムースなクロスオーバー(ドリブルテクニックのひとつ。ボールを右から左へ、または左から右へとチェンジすること)で、二人振り切ってシュート!!


ザンッ!


二人がかりでも、渡瀬を止めることは出来なかった。



得点ボードの数字が逆転する。


二年生 58 対 三年生 60



第3クォーター 終了


インターバル 2分間。


立て直す間もなく10点以上の差を引っくり返されてしまった。

和泉は疲れ切ったようにドサッと椅子に腰を落とし、スポーツタオルを頭からすっぽり被ってしまった。

「村上さんの言う通りでしたね・・・。あの三人、俺たちとは実力が違いすぎる」

渡辺もかなり体力を消耗しているようだった。500mlのスポーツドリンクを一気に飲み干しながら言った。

「違いすぎるってことはないと思うけど・・・。ただ、向こうは相手のプレー(動き)をよく見ているよ」

確かに渡瀬たちの実力はずば抜けてはいるけど、それでも和泉や北沢たちの実力が通用しないなんてことは無いはずだ。

「どうりで余裕に見えたはずだよなぁ。それも実力のうちなんだろうけどさ・・・」

思う以上の渡瀬たちの技量を目の当たりにして、意外にサバサバした表情の北沢だった。


「落ち着いて5人でボールを回すことを考えれば、第3クォーターみたいな展開にはならないはずだよ。
北沢君たちだって充分に実力はある」


「・・・聞いてんのか、本条」

北沢がバサッと和泉の顔からスポーツタオルを剥ぎ取った。

「聞いてるさ!・・・ごめん、兄貴に話かけられんの嫌なんだ。鬱陶しくってさ」

和泉は北沢には強い調子で言い返したが、僕にはさっきのことも含めてか言い訳のように謝った。

意地っ張りだけど素直。和泉の心がストレートに届いて思わず顔が綻んでしまった。

「鬱陶しいのは、和泉だけじゃなさそうだよ」

三年生観客席側。休憩中でベンチにいる三浦たちに、また話し掛けに行く先生がいた。

遠目からでも歓迎されていない様子がわかった。



第4クォーター開始。


インターバルの間に、一旦はバラバラになりかけたチームワークが戻ったようだった。

先走らず、5人でボールを回す。よく相手の動きを見て、落ち着いて次のプレーに繋げる。

どれも基本的なことばかりだった。

実力の差なんて本当はそんなにないはずだ。渡瀬たちが優れているのは、この基本が出来ているからだ。


開始早々、渡辺が三年生からボールをカット。パスを繋げながらゴール手前の北沢にパス!

しかし、ディフェンスが厳しくシュートが打てない。

北沢、後ろから走ってくる和泉にパス!

和泉、キャッチしてスリーポイントラインからのシュート!!

パサッ・・・。ボールは綺麗な放物線を描いてネットに入った。

和泉のスリーポイントシュートに二年生観客席が湧く。


再び試合はヒートアップ。


このまま食い付いて行けるかと思われた矢先、三年生のフォーメーションが変った。

マンツーマンディフェンスで、徹底した和泉封じ。

和泉のシュートが決まり出していただけにチームとしては苦しいところだったが、もうひとりのポイントゲッター北沢がいた。

察知した渡辺が、北沢にボールを回すよう誘導をかける。

しかし厳しいマークにもかかわらず、逆転されたとはいえまだ充分勝機のある点差が、和泉にシュートを打つことをこだわらせた。

和泉は何とかシュートに持ち込もうとするが、思うようにディフェンスを抜けず体勢がとれない。

「本条!無理するな!パスを回せ!!」

渡辺が暴走気味の和泉に注意を促す。


「11番(和泉)!チャージング!!
(この場合は、進みたい方向に相手プレーヤーがいるにも関わらずそのまま突き進んでいって相手を押したことによる) 」


今度はあきらかに和泉のファウル。


「和泉ー!ちゃんと注意を聞かなくちゃだめじゃないかー」

あまり嬉しくないタイミングで先生の掛け声が入る。周囲もわかっているのか、緊張の中にも失笑が起こった。

「お前の兄貴、よくわかってんな。その通りだぜ」

ただでさえ先生の言葉に腹を立てる和泉に、さらに三浦が輪を掛けてからかった。

いきなり和泉が三浦の胸ぐらを掴んだ。


「和泉!やめろ!」

僕が叫ぶよりも早く、北沢が止めに入って和泉を三浦から引き離した。

「・・・何だ、お前」

三浦は動じることなく、無表情に和泉を見た。


「じゅ・・・11番!テ・・テクニカルファ・・・ファウル・・・」

二年のジャッジが和泉よりも三浦に怯えながら、和泉のテクニカルファウル(フェアプレイ精神に反した行為/暴言や挑発行為も含む)を取った。


「ジャッジ、11番(和泉)のファウルはチャージングだけでいいんじゃないか。これはちょっとした余興だろ。
それでもテクニカルファウルを取るのなら、8番(三浦)もだ」


和泉と三浦の一触即発にざわめく館内注視の中、渡瀬はそれを余興に代えて喧嘩両成敗をジャッジに求めた。


「えっと・・えっと、じゃぁ、11番のチャージングで・・あの・・・8番・・サイドからスローイン・・・」

三浦や渡瀬に気圧(けお)されてすっかりしどろもどろのジャッジに、上気して真っ赤な顔の和泉が尚も怒りをあらわに北沢の肩越しに身を乗り出していた。


「ほら、ほら、ジャッジ!もっと大きな声で!8番が怖いのは顔だけだ」

二年生のジャッジをフォローするように、谷口がパンパンと手を叩きながら割って入って来た。

冗談交じりの軽い口調は、その場の空気を和らげて館内の雰囲気をプレーに引き戻した。

「そっちも、いつまでも団子になってんじゃねぇよ」

最後は谷口にいなされて(相手の追及・攻撃などをはぐらかすようにあしらう)、和泉もそれ以上突っ掛かることは出来なかった。



谷口がコートを収めてくれている間、僕は二階観客席の先生の席に向かった。

また声が掛かるとよけいややこしくなる。

先生のせいではないにしろ、少し黙っていてもらうように。

ところが先生はもういなかった。

横にいた解説付きの生徒が、急に用事が出来て帰ったことを教えてくれた。


―何だか揉めてるけど、みんな集まってこれも休憩のうちかい?―

―・・・いえ、これは休憩ではなく・・・しいて言うならデッド(止まっている)ですね―

―ふぅん・・・バスケって試合中断が多い競技なんだね。・・・あっ、携帯が鳴ってる―


「ちょうど揉めている最中に先生の携帯が鳴って、電話が終わられると急用が出来たと慌てて帰られました。
最後まで観戦できなくて残念だって言っていましたけど」

電話が・・・。またメールを見逃していたのだろうか。

先生には申し訳ないけれど、これで和泉が落ち着いてくれたら・・・後もう少し。

たとえ負けても渡瀬たちを相手にこのまま僅差で終えれば、また次の試合への自信に繋がるはずだと思いながら一階へ戻った。

しかし・・・

再開後の展開はあっという間だった。三年生の個人技に翻弄される二年生。

ひとつ決まると観客席が揺れるような歓声に包まれ、それが和泉たちに焦りを生ませた。


大技の連続に館内が湧く。


三浦、リバウンドボール(零れ玉)からバック(後ろに返す)シュート!!


谷口、ゴール左45度から切り込んで、フック(ボールを片手に乗せそのまま放つ)シュート!!


止めとばかりに渡瀬が疲弊し切った二年ディフェンス陣のど真ん中から、ダンク(ボールを手から離さず直接ゴールに入れる)シュート!!


為すすべも無く開く点差。


後半5分を切ったところで、渡瀬がベンチに声を掛けるのが聞こえた。

「選手交代だ。もういいだろ」

「何だ、渡瀬。帰んのか?じゃ、俺も。谷口は最後まで面倒見てやれよ」

「えーっ!?・・・仕方ねぇな。その代わりお前ら、逆転されたらまた戻ってこいよ」

「へい、へい」

全く戻る気のない三浦の返事に、渡瀬が声を上げて笑っていた。


選手交代―。

コートを出る渡瀬と三浦に三年生観客席から拍手が湧き起こる。

手を振って応える三浦がそのまま僕の方に向いた。

「聡!またな」

マスク越しに目で頷くと、三浦と渡瀬二人の笑顔が揃った。


まだ試合途中のコートでは、開く点差に尚も防戦一方の和泉たちがいた。

和泉の顔に浮かぶジレンマ。

―こんなはずじゃなかったのに・・・―

北沢や渡辺たちにも、少なからずそんな思いがあったかもしれない。


結局和泉たち二年生チームは、渡瀬と三浦が退いた後も谷口を中心とした三年生チームの前に調子を取り戻すことが出来ず完敗した。


試合終了。


二年生 67 対 三年生 84




唇を噛むような 悔しい思い

俯いた顔から 汗が滴り落ちて

グイッとタオルで拭いた後の 目が赤いよ

クラブでもないのに ましてや公式試合でもないのに

だけど いつだって彼らは真剣で 一生懸命だから

ほら 君たちにも起こる拍手 二年生の君たちの仲間が

楽しかったよ 次も頑張れよ 

なんて素晴らしい青春の一ページ

僕もそこにいるんだね 君たちと一緒にいるんだね


ありがとう―。 



和泉の肩にそっと手を回して、僕たちは体育館を出た。



※バスケットボール監修:カヲル







NEXT